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卯月鮎による、ゲームや本の紹介と仕事の話などです。
『ブエノスアイレス食堂』【ひと言読書メモ】
 『ブエノスアイレス食堂』は3つの要素から成り立っている。

 ひとつは絶品料理の数々。ひとつは猟奇的なカニバリズム。そして、軍事政権下のアルゼンチンの歴史。

 この3つが混ざり合うことで、新しい感覚の小説になっている。

 食べる人、食べられる人。作る人、呑まれる人。

 将来、日本は没落し、かつてのアルゼンチンのようになるとも言われている。アルゼンチン・ノワール、他人事とは思えない。

ブエノスアイレス食堂 (エクス・リブリス)
カルロス バルマセーダ 柳原 孝敦
4560090181


『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』【ひと言読書メモ】
 今回、「ダ・ヴィンチ」で紹介した『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』について、もう少し付け足し。

 内容としては、9.11の同時多発テロで父を失った少年が、父が遺した封筒に書かれた「ブラック」という名前だけを手がかりにニューヨークを駆け回るという話。

 サリンジャー作品へのオマージュと取れる部分も多く、たとえば主人公が早熟で舞台がニューヨークというあたりは、『ライ麦畑でつかまえて』を連想させる。

 また、オスカー少年が学校の劇で『ハムレット』の「ヨリックの髑髏」を演じたのは、『フラニーとゾーイー』だろう。
(“ブラック”というのも、グラース家の長兄シーモアがクイズ番組で名乗っていた「ビリー・ブラック」から来ているのかもしれない)

 突然生じた空白……というテーマも、グラース・サーガと『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』をつなげる。

 サリンジャーとともに読んでみてはどうだろうか。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い
ジョナサン・サフラン・フォア 近藤 隆文
4140056037


フラニーとゾーイー (新潮文庫)
サリンジャー 野崎 孝
4102057021


炎上した図書館【ひと言読書メモ】
 『失われた都〈イサークの図書館〉 上・下』は、新人作家ケン・スコールズの初長編ファンタジー。ローカス賞第一長篇部門の候補にも挙げられた。

 キャラクターの掛け合いで軽く読ませるファンタジーも多いが、本書は重厚な遠未来の世界観が特徴。遺物から過去に何が起きたかを想像をふくらましながら考えてゆく楽しさがある。

 文明が滅亡し、中世のように退行した世界のカギを握るのは鋼人(ロボット)のイサーク。

 今回の『失われた都』は、「イサークの図書館」というシリーズの第1部。日本でヒットすれば続巻の翻訳にも弾みがつくので、世界観読み、設定読みが好きな人はぜひ。

失われた都 (上) (イサークの図書館)
ケン・スコールズ 碧風羽
4150205353


失われた都 (下) (イサークの図書館)
ケン・スコールズ 碧風羽
4150205361


人生からの脱線旅【ひと言読書メモ】
 “トラブル続きの一人旅”というのはよくあるパターンだが、最初から危険な乗り物だけを狙って各大陸を回るというのは珍しい。脱線、衝突、強盗……各旅程の冒頭には実際に起こった事故・事件の新聞記事の抜粋が並び、いかに危険かが示される。

 ちょっと不謹慎というか、悪趣味な面はあるが、その是非はともかく、それだけ危険でも存続しているということは、地元にとって欠かせない乗り物である、という意味。

 崩壊寸前の家庭生活から現実逃避したアメリカ人の40男が、よそ行きではなく世界中のリアルな日常に飛び込む。大掛かり過ぎる自分探しの旅だが、なぜか少しだけうらやましい。

脱線特急 最悪の乗り物で行く、159日間世界一周
カール・ホフマン 藤井留美
4863131100

後白河法皇のベストヒット100 【ひと言読書メモ】
 『梁塵秘抄』は、後白河法皇が編集した今様(主に男装の遊女が歌いながら舞っていた流行歌)の歌謡集。後白河法皇は、源平のどちらにもつかない、のらりくらりとした政治家というイメージが強いが、今様狂いの風流人でもあった。誤解を恐れずに言うなら、元祖アイドル歌謡マニアみたいな人だ(自分でも歌って3度喉を潰したという)。

 その『梁塵秘抄』が光文社古典新訳文庫から6月に出版された。今様を昭和歌謡、演歌ととらえ、「我等は薄地の凡夫なり」→「わたしはバカな女です」とねっちりとした歌詞に仕立てている。昭和歌謡が最新の流行歌というわけではないが、これはこれで面白い試み。

 アイドルソングとして考えるなら、国民的アイドル風、着うたの女王風、テクノポップユニット風など、いろいろなバージョンで訳すことができそうだ。

梁塵秘抄 (光文社古典新訳文庫)
後白河法皇
梁塵秘抄(光文社古典新訳文庫)


教授はカップそばの夢を見るか? 【ひと言読書メモ】
 「パンダの七本目の“指”」を発見したことでも知られる東大の遠藤秀紀教授の本『東大夢教授』。各エピソードには日記風に日付が入り実話とも取れるが、語り口がフィクションともノンフィクションともつかず、その“混沌ぶり”がなんともクセになる。実際に書店でも科学ノンフィクションの隣に置かれたり、小説の棚にあったり……。

 東大教授でしかも動物の遺体科学者というその存在の非現実感が、“混沌ぶり”とシンクロする。

 そういえば、ロフティングが描いた動物語を話すドリトル先生は、獣医でもあり、博物学者でもあった。生を見つめるドリトル先生、死を見つめる“夢教授”。そんなことをふと思った。

東大夢教授
遠藤 秀紀
東大夢教授

ファンタジーの本質 【ひと言読書メモ】
 ファンタジーの大御所ル=グウィンの評論をまとめた最新本。2010年にローカス賞のノンフィクション部門を受賞している。

 ファンタジーというジャンルを愛し、支え続けるル=グウィンだけに、その言葉は真摯で厳しく、ブレがない。特に「子どもの本の動物たち」という題の評論は、ル=グウィンの忌憚ない意見が名作ファンタジーを鋭くえぐる。現実世界で読まれるファンタジーとはどういう存在であるべきか?

いまファンタジーにできること
アーシュラ・K・ル=グウィン 谷垣 暁美
いまファンタジーにできること

伝説の書店 【ひと言読書メモ】
 シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店は、20世紀前半にパリにあった伝説の本屋。ヘミングウェイやエズラ・パウンド、ガートルード・スタインらが集い、発禁処分に遭ったジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』もここが出版した。

 その女性経営者、シルヴィア・ビーチが書店の開店から閉店までの思い出を語る。特にジョイスとのエピソードが印象的。作家と本を作る側、売る側との信頼関係。こうして文学は生まれていた。

シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店
シルヴィア ビーチ 中山 末喜
4309205674シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店


捨てるブームの元祖 【ひと言読書メモ】
 「空海と密教美術展」の影響もあって空海本がたくさん出ているが、先回りして次に脚光を浴びそうな人物を考えてみると、「捨て聖」こと一遍上人にたどり着いた。「葬礼の儀式をととのふべからず。野に捨て獣に施すべし」「よき武士と道者とは、死するさまを、あたりにしらせぬ事ぞ」「衣食住の三は三悪道なり」。かなりロックである。

一遍上人語録 (名著/古典籍文庫―岩波文庫復刻版)
一遍 藤原 正
一遍上人語録



記憶って何だろう? 【ひと言読書メモ】
 タイトルがタイトルだけに、実用本に思われそうだがそうではない。

 著者自身の記憶力選手権への挑戦を軸に、古代ギリシアからの記憶術の歴史、マインドマップのトニー・ブザンや『ぼくには数字が風景に見える』のダニエル・タメットへの取材……と、多角的に記憶に迫るノンフィクション。

 ルネサンスと記憶術の関わりを明かす古典的名著、フランセス・イエイツの『記憶術』への言及もあるなど、深い内容の割には勢いで一気に読ませる。本が希少品だった頃、記憶こそが知の中枢だった。そして今はどうだろう?

 ところで、最近読んだ『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』のジョナサン・サフラン・フォアと、本作の著者ジョシュア・フォアが兄弟だったのを知って、かなりびっくりした。

ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由
ジョシュア・フォア 梶浦真美
ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由